戦術コラム

香川のプレーオフ敗戦をPnRから考察

はじめに

目標であったB2昇格を果たせなかった2024-25シーズンの香川。
3ヶ月以上経った今更ではあるが、そのプレーオフ1回戦の新潟戦を振り返っていきたい。

ここからそこそこ長い記事になっていくが、要約すると以下ツイートの内容になる。

Game1からGame3までの各試合の実況解説記事はこちら。

雑感

プレーオフでの敗戦はハーフコートオフェンスでのクリエイト、特にPnRが敗因の1つだったと感じている。

この問題は実はレギュラーシーズン中から抱えていた。
3月に東京U戦と横浜戦で連敗があったが、この時もその問題が顕著に表れた結果だった。

東京U戦当時のツイート

横浜戦当時のツイート

香川のPnRの問題

香川のPnRについて考えていく。
香川のPnRでクリエイトが厳しい場面に共通することは、ズレの維持と拡大ができないこと。
スクリーンを利用してズレを起こすことには成功しても、そのズレを維持して拡大するところで躓いてしまう。
結果として、せっかく作ったズレを失い、最終的にタフショットになってしまう。

PnRの目的はポゼッションの起点を作ること。
PnRで少しのズレを作り、そのズレに対してDefがどうリアクションしてくるのか見極めて、より大きなチャンスがどこにあるのか判断していく。


そのため、
PnRで作ったズレを維持できないと、Defのリアクションを見極める時間が稼げない。
Defのリアクションを見極められないと、より大きなチャンスがどこにあるのか判断できない。

具体的な場面

香川はMaccabiという、PnRを軸にしたモーションオフェンスを採用していた。
新潟はこのMaccabiをIceというPnR Coverageでほぼ完璧に対策した。

まずMaccabiとは。

Maccabiは図のようにEmpty PnRから45 Cut + LiftでWeak Sideに展開していくモーションオフェンス。
このモーションの特徴は、1アクションごとに配置がリセットされるため、PnRを無限に繰り返せるところ。
香川のオフェンスコンセプトはこのMaccabiの特徴を活かしてPnRを連続的に実行し、Defの隙が生まれる機会を増やすことでチャンスが発生する確率を高めるといったもの。

それに対してIceとは。

Iceは図のようにPnR時にHandler Dがスクリーン側の進路を塞ぐスタンスを取ることでHandlerにスクリーンを使わせない守り方。

このIceによって香川のMaccabiはどうなったのか。
結論から述べると、Maacabiの持ち味であるボールムーブが完全に封じられた

原因はシンプル。
新潟がEmpty PnRに対してIceしたことで、香川のHandlerがベースライン方向に誘導されてしまったから。
Maccabiとしてパスを繋いでいくためには、先ほど示した図のようにHandlerはミドル方向へ進む必要がある。
そこを新潟はIceで阻止し、香川のボールムーブを停滞させた。

Maccabiの良さを発揮するにはPnRを連続的に実行することが絶対条件であり、そこを対策されるとモーションオフェンスが根本から崩れてしまう。
新潟はその弱点を的確に突いてきた。
香川はその弱点を対策できなかった。

数字から見る香川のPnR

ここで香川のハーフコートオフェンスのプレー別指標値を見てみる。
Game1からGame3までのトータルの値を手作業で算出した。

表を見ると分かるように、vs IceでのSide PnRはPnR系アクションの中で最もポゼッション数が多いにもかかわらず、各指標値は軒並み最低レベル。
MaccabiでのSide PnRがIceによって封じられていたことは数字からも見て取れる。

香川のPnRの問題(再)

色々説明したところで、改めて香川のPnRの問題について考える。

香川はMaccabiというモーションオフェンスでPnRを連続的に実行するオフェンスコンセプトを持っていたが、新潟のIceによってボールムーブが根本から崩された。
そこで真に問題なのは、ボールムーブできなかったことではない。

一度のPnRでチャンスを作れないこと
これこそが香川のPnRの問題だと思う。

PnRで作ったズレの維持と拡大が不十分だから、一度のPnRでチャンスに繋げられない。
一度のPnRでチャンスにならないから、連続的に実行することでDefのエラーを期待するMaccabiというモーションが必要になる。

香川がMaccabiを採用していたのは、このような非常に消極的な判断の結果だったと個人的に思っている。

ということでここからは、ズレの維持と拡大ができない、という問題点をプレイヤーのスキルの観点から深掘りしていく。

2つの課題

香川がPnRでズレの維持と拡大ができないという問題には、Handlerのスキル的な課題が2つあると考える。

1つ目は、スクリーン通過時の溜め
Handlerがスクリーン通過時にすぐにシュートやパス、ドライブの判断をしてしまうのではなく、Screener DとTagの様子を見極めるための時間(溜め)を作るポイント。

2つ目は、フィニッシュ前の一押し
Handlerがドライブからフィニッシュステップに入る前に、自分をマークするDefに対してコンタクトを入れてショットスペースを作るポイント。

課題の影響

各課題があることで、プレーにどのような影響が出てしまうのだろうか。

スクリーン通過時の溜め

  1. チャンスがどこにあるか見極められない

Defの反応を見極めるための時間をHandler自身で作れないことで、Handlerは自分とScreenerのどちらにチャンスがあるのか正確に判断できない。

見極めるべきDefの対応としては、

まずはDefがSwitchするかどうか。
SwitchならMUMを狙いたいし、Switchしてこないなら次の状況に移行していく。

SwitchしてこないならScreener Dのポジショニングがどちら寄りか、を見極めたい。
Handler寄りならScreenerにパスしたい(図左)し、Screener寄りならHandlerは自分のフィニッシュを選択したい(図右)。

  1. 前後の位置関係を作れない

Switchしてこない場合は、Screener Dのポジショニングを見極めたい。
そのためにはHandlerとScreenerで前後の位置関係を作ることが重要になってくる。
しかし、Handlerが溜めを作れないとそもそも前後の位置関係ができるまで待てず、中途半端なチャンスの状態でショットやパスを選択してしまう。

前後の位置関係を作ることでScreener DはHandlerとScreenerの両方を一人で守るのが困難になる。
そうすれば自ずとHandlerかScreenerのどちらかはチャンスになるため、溜めを作りながらどっちかなーと見極めることで大きなチャンスを見つけられる。

  1. Defの動きを目で制して止められない

Defの動きを見極めることは、目で制してDefの動きを止めることに繋がる。
しかしその見極めの溜めがないと、パスまでのリズムが単調になってDefにクローズアウトのタイミングを合わされてしまう。
その結果、オープンの味方にパスしたはずなのに、味方がパスを受ける時点ではたいしたオープンではなくなっている、となる。

フィニッシュ前の一押し

  1. イージーフィニッシュに持ち込めない

Handlerが自分をマークするDefに対して、フィニッシュ前の一押しのドリブルを入れないとショットスペースを生み出せない。
その結果、必然的にタフショットでのフィニッシュになってしまう。

  1. ショットセレクションを向上させられない

フィニッシュ前の一押しでショットスペースを生み出せないことで、Off Ball Dの様子を確認する時間を作れず、的確なショットセレクションが難しくなる。
また、ショットスペースがないことはOn Ball Dで十分に守れているということであるため、そもそもヘルプを引きつけられずパスの選択肢が発生しない。
そのため、Defがオーバーヘルプしてくれない限りは、タフショットを決め続けるしかないという持続的でない状況に陥ってしまう。

このように、
「スクリーン通過時の溜め」がブレの維持の部分で、
「フィニッシュ前の一押し」がズレの拡大の部分で重要になる。

事例紹介

新潟戦Game1からGame3までの実況解説記事から、今回挙げている課題に該当する箇所を切り抜いた。

スクリーン通過時の溜め

Game1 3Q 5:35

5:35 香川
Empty PnR (vs Ice)
- Reject - Pop Feed
- Maccabi
- Empty PnR (vs Ice)
- Reject - Kick Extra

ダマTopで克実チャップマンPnP。
Iceに対してRejectしてPop Feedから展開。
Maccabiして今度はチャップマンTopで近藤ダマPnR。
Iceに対して再びRejectしてドライブキックからチャップマンステップバックスリー失敗。

Iceに対して打つ手なしのPnR。
Rejectした後に克実も近藤もドリブルをすぐ止めてしまうからDefの次の動きに基づいたカウンターアクションを取れていない。
克実はもう1つドリブルついていれば、Pop Feed警戒でScreener DがReturnするのを確認できて自らのドライブを選択できたはず。
近藤はもう1つドリブルついていれば、ヘルプを引きつけたことでTopのチャップマンのワイドオープンが確認できる位置まで移動できたはず。
フィニッシュスキルに持ち込む時も、パスを探す時も、もう1つドリブルを使って深くDefを引きつけたりゆっくり反応を確認したりしないともったいない。
鉄鉱資源を見つける寸前で掘削をやめてしまうよく見る絵みたいな状態。

Game3 1Q 0:58

0:58 香川
Corner Filled PnP (vs Ice)
- Reject - Pop Feed
- Extra

ローソンJr.WWで請田チャップマンPnP。
Iceに対してRejectからPop Feed。
エクストラパスが出てローソンJr.3pt失敗。

請田のPop Feedの前の溜めがなかったため、Pop Feedのタイミングに合わせてScreener Dにクローズアウトされてしまい、チャップマンがワイドオープンでパスを受けられなかった。
あと、チャップマンのPopとローソンJr.のWWでのStretchはスペース的に相性が悪い。
ローソンJr.にCut the Popしてもらいたい?

フィニッシュ前の一押し

Game1 3Q 7:37

7:37 香川
Pistol
- Empty PnP (vs Ice)
- Reject

チャップマンTopで請田デイビスPnP。
Iceに対してRejectしてベースラインドライブからレイアップ失敗。

請田スクリーン通過後の溜めのドリブルで、Screener D含めて誰もヘルプが来ないことを確認してドライブを選択。
そのため請田が自分で決めきるだけの状況ではあったが決められず。
理由としてはリバースレイアップに持ち込む際にDefに対してコンタクトを一切入れていなかったことでショットスペースを確保できなかったため。
3Q 9:26の近藤もそうだったが、フィニッシュ時にコンタクトをしなさすぎて決定機を作れていない。

Game3 1Q 6:10

6:10 香川
Empty PnR (vs Under)
- Maccabi
- Empty PnR (vs Chase)

デイビスTopで満尾チャップマンPnR。
Maccabi展開からチャップマンWSで近藤デイビスPnR。
ドライブフローター失敗。

1回目も2回目もIceしてこなかった。
1回目はUnderへの工夫が特になかった(Maccabiに繋げるための一応やっておく程度のPnRだからだろうけど)。
Topがデイビスだったことで、仮にPush ScreenとかでUnder攻略できていても、One Pass Awayからのヘルプによってドライブは難しかった。
まあでも毎回Topにチャップマンが入るのは現実的ではないから、2回目を本命として捉えるのがやはり筋かなと感じる。
その2回目は近藤がスクリーン通過後に簡単にドリブルを止めてフィニッシュのステップに入ってしまった。
DefはChaseが剥がされた後にLate Switchするかみたいな微妙なところだったため、もう1つドリブルして溜めを作れていれば、その見極めができたと思う。
スクリーン通過後に横移動で膨らまずに鋭角にリングに向かっていく進路の取り方は良かったからもう少しといった印象。
やっぱりフィニッシュへの持ち込み方(持ち込まない判断も含めて)がPnRのクオリティを下げている。

課題の原因

2つの課題の原因について考える。
個人戦術的原因とチーム戦術的原因が両方あるだろうなと思っている。

個人戦術的原因

個人戦術的原因は単純な話だが、スキルの不足。
スクリーン通過時とフィニッシュ前それぞれの段階でズレの維持と拡大のために何をする必要があるか、というアイデアもしくは試合で遂行するだけの定着が足りていない可能性がある。

これは選手自身がスキルを持っているか、というのはもちろんだが、コーチやスタッフがそのスキルに気づいているかどうかも同じだけ重要。
選手のスキルが不足しているのは、選手を支えるコーチやスタッフの責任でもある。

チーム戦術的原因

チーム戦術的原因は香川のボールムーブ重視のオフェンスコンセプト。
前述したように香川のオフェンスコンセプトは「Maccabiでボールとプレイヤーを素早く動かしていこう!」というもの。

このコンセプトについて、籔内HCはダブドリでのインタビューでこのように語っている。

ダブドリ VOL.23 p.123

これはおそらくMaccabiのことを指していると思われる。
その後、テンポについて説明が続く。

ボールムーブを実現するために細かなチームルールが設定されているとのこと。

言葉尻を捉えるような感想にはなるが、
このチームルールによって選手の球離れが良くなるのは間違いないが、その弊害としてズレの維持と拡大のために必要な1〜2秒程度の溜めの時間を選手から奪うことになっているのでは?と思った。

元はと言えば、Maccabi導入の背景にはズレの維持と拡大ができないという問題意識があったのではと思っているから、この指摘については鶏が先か卵が先かという議論になってしまいそうではある。

個人戦術的原因の解決策

スクリーン通過時の溜め

溜めを作るには、Handler Dとの決定的なズレが必要である。
スクリーン1つでそれだけのズレを作るアイデアの例を挙げる。

  1. Jail

JailとはHandlerがHandler Dの背中をとって前に行かせないスキル。
Jailすることで2vs2からHandler Dを除外し、2vs1の時間を長く続けられる。
また、JailからFly byして距離的ズレを生むこともアイデアとしてあり。

  1. Snake

スクリーン通過後に図のような進路をとることをSnakeと呼ぶ。
SnakeすることでHandler DをScreenerにしっかりとぶつけて距離的ズレを生むことができる。
Jailの例でも同様だが、ScreenerがIceに対してスクリーンをFlipしてセットし直すとスマート。

スクリーン通過時の溜めについては、JailやSnakeを使わずとも、その場でもう少しゆっくりするだけで十分な状況も多い。
だからスキルというよりかは、意識や習慣の問題が大きい要素に思う。

フィニッシュ前の一押し

図で説明するのは難しいが、DefがHandlerに対してどの位置にいるか次第でコンタクトスキルを使い分けると効果的。

  1. DefがHandlerと横並びの状況

Bump系のコンタクトでDefをインラインから弾き飛ばすことが目標。
Bump後はOne Step Layup、Two Foot Stop、Bump Euroあたりでのフィニッシュがベーシック。

  1. DefがHandlerより後ろの状況

Jail系のコンタクトでDefがインラインに復帰する余地を与えないことが目標。

  1. DefがHandlerより前の状況

Stop系のコンタクトでDefを下がらせることが目標。
Defを下がらせた後はオープンでのプルアップを狙ったり、距離を詰めてくるDefに対して再びアタックしたりできる。

いずれもDefをインラインから除外するために必要なコンタクトを入れる、という目的の考え。

チーム戦術的原因の解決策

オフェンスコンセプトの見直し

MaccabiでPnRを連続的に実行してボールムーブで崩すというコンセプトを何秒以内にボールを手放すというルールのもと遂行していたのが昨季の香川。
これはDefのエラーを待つだけの受け身の考え方に思う。
相手のDefの質が低ければ勝手にエラーを起こしてくれるかもしれないが、プレーオフでのライバルとして想定されるレベルの相手をこれで倒せるとは思えない。
プレーオフの新潟もそうだったし、3月に連敗した東京Uも横浜もそう。

そこで、オフェンスコンセプトを配置の構造と選手のスキルでPnR一撃で論理的に崩すという考え方に基づいたものへとシフトすべきだと思う。

具体案

選手のスキルについては前述したため、ここでは配置の構造について、良い配置でのプレーの具体案を少し示したい。
そのために前掲したハーフコートオフェンスのプレー別指標値を再び見てみる。

vs IceのSide PnRとは対照的に、High PnR / PnPとShort PnR / PnPは高指標を記録していることが見て取れる。
このHigh PnR / PnPとShort PnR / PnPはどちらもミドルレーンでPnRを実行するプレー。
ScreenerがDiveするパターンもPopするパターンも一緒にカウントしているが、構造的にはHigh PnRとShort PnPがそれぞれのベスト。

  1. High PnR

シンプルなプレーだが、4番のスポットにStretch Bigを配置すれば、5番のDiveか4番のSpot Upのどちらかでチャンスが生まれる構造になっている。
昨季の香川であれば、チャップマンを4のスポットに配置して、デイビスやダマを5のScreenerとしてDiveさせる形が最適。

  1. Short PnP

Short PnPはBigを5番のスポットに配置した状態で4番のStretch BigをScreenerとしてPopさせるとチャンスが生まれる構造になっている。
昨季の香川であれば、デイビスやダマを5番の位置に配置して、チャップマンを4のScreenerとしてPopさせる形が最適。

Big同士の外と中の関係性を構築すると、Rim Protector一人をペイントエリアから除外させられる構造ができあがる。
この構造のもとHandlerとScreenerがスキルを発揮すれば、広いスペースで何らかのズレを攻めることができる。
High PnRとShort PnPは、この構造を作りやすいプレーの代表例。

表で実績があったように、High PnRとShort PnPは香川の武器にないプレーというわけではなかった。
そのため、新潟戦でもMaccabiでのSide PnRに固執せずに、こっちをメインアクションにしていれば良かったのに、とはプレーオフ中からかなり思っていた。

ちなみに、High PnRやShort PnRの割合を増やしたらいい、という話はSide PnRを撤廃した方がいいという極端なことを言っているわけではない。
Maccabiによるボールムーブ前提で行うSide PnRは考え方を変えるべきではないか?というただそれだけの話。

まとめ

香川のプレーオフでの敗戦を考えるために、PnRのズレの維持と拡大という問題について「スクリーン通過時の溜め」と「フィニッシュ前の一押し」を課題として説明した。

PnRはDefを論理的に崩すために実行するものであり、カオスを起こしてDefのミスを誘うために実行するものではない。
その価値観に基づいて考えると、香川のプレーオフでの戦いには多くの改善点があったと思う。

香川の選手とスタッフ本人たちはプレーオフでの敗戦をどう捉えているのか、そして来たる新シーズンに向けてどのような準備をしているのか。
すごい気になる。

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